非核3原則とノーベル平和賞

9月15日、北朝鮮は中距離弾道ミサイルを北海道上空を超えて発射。日本の上空通過は、これで6回目。8月にグアムに向けて発射と言ってましたが、さすがにアメリカが怖いのか、日本なら何もできないことを知っての発射でしょう。日米安保条約から言えば、5条が適用され、何らかの行動があってしかるべきでしょうが、経済制裁だけでは、核・ミサイル開発を止める事はできない事も分かっており、アメリカとしては、軍事攻撃は日本・韓国に多大の被害が懸念されるので、対応時期と方法を見極め中と思います。

対して、日本は万全の体制を取るといっても、イージス艦では撃ち落とせないし、ましてPAC3の数は少ないし、防衛対応距離約20kmでは、ミサイル迎撃は難しいでしょう。要は、退避しましょうとのJアラートだけでは、政府として本気度がまるで見えません。勿論、Jアラートによる避難訓練、シェルターになりうる設備の整備、非常用備品整備はたとえ今からでも少しでもやるべきです。しかし無策極まる平和ボケの政治家のツケを、今こそ取り戻すべきです。

アメリカが、何もしない日本に愛想が尽きたら、その日から日本は丸裸です。非核3原則見直し、核武装、憲法改正、防衛力を今こそ見直すべきです。

そもそも非核3原則は、1960年安保条約改定を前に岸総理が「核を持ち込まさず」と述べておきながら、安保改定時には持ち込みの密約を結んでいます。次に1964年に中国が核ミサイルを持った時には、日本は核開発を検討しつつも、核開発は次の世代に任せ、今は開発しないとしてNPT(核不拡散条約)に1970年署名、アメリカの核の傘に依存する事としています、また沖縄返還に関して佐藤首相は、非核3原則を1967年に言明し、その後、国是とする国会決議を行いつつ、有事には沖縄の核持ち込みの密約を1969年に結んでいます。その他にも沖縄返還については、補償費の肩代わりの密約も結んでおり、これは密約事件として山崎豊子の小説にもなっています。

 

佐藤首相は、非核3原則を国是としたことで、1974年ノーベル平和賞を受賞しましたが、これを世界に訴える事はアメリカの意に沿わない事でやめました。これらの事実を見ると、国民には綺麗事を述べて、裏では同盟国に依存するという体質そのものです。このノーベル平和賞については、建前と実態との乖離からノーベル平和賞委員会の内部からも誤りとの意見もあります。核なき世界を唱えるだけで平和賞を受賞したオバマ大統領の下で、北朝鮮はあの手この手で核ミサイル開発を続けました。ミャンマーでの自由化を求めたアウンサンスー・チー氏は、今イスラム教であるロヒンギャー族への虐待で釈明を迫られています。ノーベル平和賞の評価は難しいです。

 

話を元に戻して、非核3原則は、日本の法律でも条約でもなく、単なる政局を切り抜ける方策でした。であるなら、この深刻な日本に対する安全の危機に対して、核の持ち込みについては国会で議論してはっきりすべきです。持ち込むと宣言して何の問題もありません。ただ単なる持ち込みでは、裁量権はないでしょうから、仮に日本からアメリカが撤退した時にはどうするのかも議論すべきです。かつてNPT参加の議論時は、日本は核をもつ能力はあるが、あえて持たないとしました。核は作らないという事は法律ですが、これについても政治家は勇気をもって検討すべきです。初めに非核3原則の議論のきっかけを作った岸首相は核保有は自衛権であると答弁しています。議席を守るのか国を守るのかどちらが大事かははっきりしています。

また憲法9条2項の戦力と交戦権を否定した条文を残して自衛隊だけを加えるという矛盾に満ちた改憲を唱える政治家もいます。戦力と交戦権を否定して国の自衛ができるのか、銃をもった泥棒がやってきても、襲われなければ戦いません、武器もありませんという事です。錯誤の極みです。議論にもなりません。

今ミサイルを打たれたら確かに避難しかありません。しかし将来もこれでいい訳ありません。核兵器が無力となり、戦争を無意味とする新兵器を皆が望んでいます。ダイナマイト、飛行機も戦争を止めるものと期待されました。しかし結局は戦争を悲惨にしただけです。核兵器も同じです。核兵器の無力化兵器もいつかできるでしょうが、当面は核抑止力と国力に基づく交渉しかありません。是非、非核3原則の見直し、核装備、憲法改正そして防衛力強化を考えるべきです。

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